テーブルに皿が並ぶと、しばし席は沈黙に包まれる。なにせ二人とも夕食を食べそびれたせいで餓えている。フライロブスターを頬張りつつ一つめの小さなパンを平らげて、はあとため息をついた。

 オーブン焼きを取り皿に移していると、エレンの目が丸くなる。

「リヴァイさん、ロブスター分けんのすげえ上手い」

 柔らかい身を殻から外しているだけだが、彼には難しい作業を難なくこなしているように見えるのだろうか。

「育ちだな」

「オレの国、海鮮よりも肉だからなぁ……」

 笑いを堪えながら冗談を飛ばすと、大真面目な顔で返された。エレンの街は海から遠いのか。ロブスターに興味津々になるわけだ。

「俺の育った街も肉食は多いぞ。ベーコン狂だらけだ」

「ベーコン狂って」

「現にベーコン専門店もできちまったからな」

 地元は海外でも話題にのぼるぐらいにベーコン好きが多い。さすがに笑われるかと思いきや、なにやら考え込まれている。

「芋とかソーセージみたいな扱いなんですね」

「お前やっぱりドイツからか。お前の国とはちょっと違うな。そこまで一つ一つを深く掘り下げちゃいねえよ、多分」

 部位や燻製チップにこだわったとしても種類はしれている。専門店というのもベーコン料理の専門店であって、ベーコンそのものを売っているわけでもない。

「ソーセージみてえにベーコンが千五百種類ぐらいあるのかと」

「ねえよ」

 ずらりと店内に並ぶベーコンを想像して、フォークからサラダを落としそうになった。

「じゃあ、百種類ぐらい……ですか?」

「そりゃあお前の国の芋じゃねえか」

「失礼な。我が国のじゃがいもは百三十種類です」

「多いな」

 得意顔で胸を張る若者は、きっと自国が好きなのだろう。リヴァイの唇がじわじわとほころんでいく。

「俺の故郷もポテトは好きだが、荷崩れするかしねえかぐらいしか考えてねえぞ」

「オレのところもそんなもんですよ。それより、よく出身が分かりましたね」

「そりゃあ、最初にドイツ語話してたからな。オーストリアと悩んだが」

 あっと口を大きく開いた顔が抜けて見えて、くつくつと喉が鳴る。初対面だが、初対面な気がしない。

「リヴァイさんと初対面な気がしないです」

 思考が重なったような言葉に、さらに気分はふわふわと浮上する。

「オレも、同じことを思ってたところだ」

「女口説く台詞みてえ」

「てめえが言いはじめた言葉だろうが。なんだ、俺は口説かれてたのか」

「そんなことはないですけど!」

 慌てたように手を動かすエレンの顔はじわじわと耳から赤く染まっていく。心の中に小さな悪戯心が芽吹きそうだ。次にどう言ってやろうかと頭を働かせると、エレンの動きはさらに慌ただしくなった。

「さすがに初対面の男性を! そんな、口説くとか!」

「慌てれば慌てるほど図星みてえに見えるぞ」

 首筋まで赤くして、可哀想なぐらいに狼狽している。悪戯心を引っ込めて、仕草だけで水を勧めた。

「女口説く経験値が浅いのは分かったから、落ち着け」

「……なんで分かったんですか?」

「初対面の相手を口説く台詞を、初対面相手に口説けねえって言った時点でお察しだ」

「お隣の国の人は上手いこと口説くんですけどね」

 赤い顔がじわじわと元の色に戻っていく。表情だけでなく顔色も激しく変わる性質らしい。気付けば腕を伸ばして髪をぐしゃりと撫でていた。

「子供じゃないですよ」

 嫌そうに顔をしかめるものの、手を振り払う様子はない。さらに何度か髪を撫で付けてから、手を引っ込めた。

「留学してるような年齢だろ?」

「留学イコール学生だと思ってるでしょ!」

「……違うのか?」

「違いますよ、留学っていうか短期医療研修です」

「医者だったのか。わざわざ海外に?」

 エレンの国は医療が発達しているはずだ。それも、リヴァイがいる地域よりも進んでいる。自国でも充分すぎるほどに術を学べるだろう。

「ここだって立派な医療先進国ですし。ついでにこの国の公用語の英語とフランス語だって試せるかと思ったんですが……」

「フランス語は一部の州でしか使わねえからな。まあ、ここもそれなりに色んな言葉が混じってんだろ」

「予想外でした。東洋人も多いんですね」

「この国は人種差別が少ねえからな。居心地がいいんだろ」

 苦々しい面持ちでパンを千切る姿に、エレンの国事情を慮る。

「幼馴染に東洋人の血が混じってるやつがいるんですが、たまにナチュラルに差別するやつが出てくるんですよね。ごくたまにですが」

 ただでさえしかめていた顔が、ぎゅっと歪んだ。よほど大事な友人なのだろう。

「どこもあるだろうな、そういうのは。この国だってなくはねえ、一度凝り固まっちまった考えをどうにかするのは難しいんだろうな」

「この国にもあるんですか? 全然分からなかった」

「差別してりゃ、他のやつに差別されちまうからな。差別するやつも上手く隠して生きてんだよ」

「でも、たまに滲み出ちまうんですね」

 この地なのか地元なのかは分からないが、思うところがあるのだろう。

「医療研修に行ってるときは気付かなかったな……」

「医療研修って、何するんだ?」

「主に視察訪問と医療通訳、あとは現場研修ですね」

「随分と詰め込んであるんだな」

「詰め込んでくれなきゃ留学費用がもったいないですからね」

「それもそうか……俺の海外出張とは違うんだな」

 会社の金で海外を飛び回っていたが、エレンの場合は自己負担だ。若い人間が学びながら金を稼ぐことがどれだけ大変か。ただの旅行とは違う。

「リヴァイさんは、なんで海外に?」

「今は別部署だが、前まで海外営業だったんだ」

「海外営業って、なんのですか?」

「主に機械だ。あー……お前の仕事にも関わりがあるな。MRIとか」

「もしかして、医療機器メーカーですか?」

 身を乗り出して、キラキラと輝く目が近付いてくる。好奇心でいっぱいの子供のようだ。

「いいや、他にも色々作ってる」

「なるほど、それでアメリカに本社があると……」

 まるで特定しようとしている口ぶりに、頬が緩む。自分に興味を持たれるのは悪くない。

「うちの会社に興味が出たか。医者が辛くなったらいつでも面接に来てもらっていいぞ」

「前まで海外営業って、今は人事部なんですか?」

「違う。内部監査だ」

「面接に行っても会えないじゃないですか!」

「まあな。俺に会うときは、何かねえか部署ごと調べられるときだ」

 話し込んでいるうちに、目の前の皿が全て空になってしまった。時計を見ると、もうすでにいい時間だ。ホテルがあるところまで車で送ってしまえば、そこで一生の別れだ。エレンは自国で医者を、そしてリヴァイはほとんど海外に行くことなく自国のオフィスを巡ることになるだろう。

「離れがたいな」

「同じホテルに泊まってるんですし、オレの部屋で二次会すればいいじゃないですか」

「なら酒でも買ってくか」

「酔わない程度に買いましょう」

 唯一夜も開いているリカーストアを目指して車を走らせる。ホテルまでの間にあるそこは、今日もずらりと酒を並べているはずだ。

 駐車場に車を滑らせると、エレンは窓にかじりつく。リカーストアをまじまじと眺めてから、くるりと振り返った。

「スーパーに売ってないんですか?」

「酒は専門店以外で売ってねえな。俺の州も度数の高いやつに限ってはそうだ」

「ビールとか?」

「ビールとか」

 するりと外に出て、そわそわとした雰囲気を纏いながらリヴァイを待つ姿はまるで子供だ。店に向かうと、軽い足取りで隣を歩いている。

「この国は色々と厳しいですね。酒だって二十一にならねえと飲めねえみたいですし」

「お前のところはいくつからだ?」

「ビールは十六、他は十八ですね」

「まだガキじゃねえか……」

「要は身体に影響がなきゃいいんですよ。親の保護下にある若いうちから酒に飲み慣れれば、大人になってやばい失敗する確率も減りますし」

「……そんなものなのか?」

「分かんねえけど。あ、これ飲みてえ」

 躊躇なく手にした瓶はドイツビールだ。他の酒より少し高いが、慣れた味を飲みたいのだろう。両手に掴む姿にほどほどにしておけと小言を飛ばしたくなる。

「籠持ってくればよかった」

「お前、何本飲む気だ」

「三本ぐらい」

 少し考えて、素直に籠を取りに行く。自分も同じだけ、同じものを飲みたくなった。もしも余れば引き取ってしまえばいい。

「じゃ、ホテルに帰りますか」

「待て、つまみがほしいだろ」

「つまみか、考えてなかったな……」

 つまみなしで水のように飲む姿を想像して、余ることはなさそうだなと考え直す。ただでさえ十六歳からビールを飲んでいるだろう男だ。

「明日の昼なんだろ、飛行機の時間は」

「そうですね。何かつまみながら、ゆっくり飲みましょうか」