帰ってから薪を焚べているときに、うしろからチラチラと視線を感じた。父親の遺品である服を身に纏うリヴァイは手元や暖炉、部屋の中と、視線をぐるぐると動かしている。

「なんですか?」

「いや、随分と……」

「原始的だなって?」

 言い淀んでいたリヴァイは、エレンの言葉で困ったように眉尻を下げる。少し刺々しかったかと反省して、表情を和らげた。

「オレが小さいころは、ちゃんとガスも電気もあったんです。まぁガスはプロパンですけど」

「さすがに戦争中だったとは言え、五年前に数十年前の暮らしをしていたとは思わねえよ」

「まだ五年」

 たった五年しか経っていない。それなのに、数十年も退化してしまった。火も暖も照明も全てが炎で、食材は煮るか焼くかの二択。風呂は井戸水をそのまま浴びて、行動のほとんどを自然と天候に振り回される。畑が残っていて幸いだった。たまたま冒険家を追うドキュメンタリーにハマっていたために妙に知識があったのも幸運の一つだった。

「ああ、だがもう五年だ。……お前はこっから出ようとは思わねえのか」

「戸籍にも存在しない、文明からも置いていかれて学のないオレがですか? ホームレスになって蔑まれながら生きるぐらいなら、ここで自給自足していたほうがマシですよ」

 調味料すらない生活よりも、外で好奇の目に見られながら死ぬほうが怖い。今の生活は不便だが、五年経って安定してきた今では満足すらしている。

 胸中がどんどんと剣呑な空気に侵されていく。その空気を入れ替えるために大きく深呼吸をして、空の鍋に水を張った。

「焼いた魚と茹でた魚、どっちがいいですか?」

「焼いたやつがいい」

「分かりました」

 リヴァイの選択は正解だ。そちらのほうが美味い。

 鍋を暖炉に吊るしてから、昼間食べた野菜と全く同じものをザクザクと切って放り込んでいく。台所が機能しない今、まな板を乗せてギリギリまで暖炉に近付けた居間のテーブルが作業台だ。魚は金属の棒にぶっ刺して、鍋にもたれる形で立てかけた。鍋の水が沸騰する前に、ちりちりと食欲をくすぐる香りが立ち込める。

「匂いは美味そうだな」

「味は足りねえと思いますが」

「それは昼間でよく分かった」

 意識も絶え絶えに見えていたが、記憶から消えることはなかったようだ。この調子ならば、倒れていたときのこともしっかりと覚えていそうだ。

「なんで、腹減らして倒れてたんですか?」

「親戚がいたんだ、ここに。もしかしたらトロストに逃げたんじゃねえかって思って行こうとしたんだが、戦争で地形が代わっちまって辿り着けなかった」

 シガンシナの隣街だが、トロストまで向かった者はいなかったはずだ。何故なら、その日はでかい祭があった。

 エレンの顔色からすべてを汲み取ったようだ。無言の空間を壊すように、バチッと暖炉の火が鳴った。魚を取り出して、粗熱を冷ますべくまな板の上に置く。

「金属がつかめるようになったら食いましょう」

「ああ、貴重な食料をすまねえな」

 五年も経ってから訪ねるような親戚。

「付き合いの薄い親戚だったんですか?」

「顔も見たことねえぐらいだ」

「なんで今、訪ねて……」

 踏み込んでいいのか駄目なのか。人付き合いのスキルが子供のままのせいで想像すらできない。リヴァイの目がふっと色をなくした瞬間、やってしまったと後悔したがもう遅い。

「まず前提として、俺は社長と喧嘩して無職だ」

「はぁ……」

 話してくれるらしい。鍋をぐるりとかき混ぜてから、姿勢をぴんと正す。

「新しい雇用主は失踪した。連絡がつかねえ」

 なるほど、エレンとは違ってじわじわと不幸の沼に浸かっていくパターンか。自棄になることもできなければ、諦めだってつかない。一気に失うよりも辛そうだ。

「会社だって入れねえ。途方に暮れて帰ったら……」

「帰ったら?」

「家が燃えてた」

 ぼそぼそと放たれる言葉についに絶句した。

「燃えている家を見て、ああ、もう生活ができねえなと悟った」

 職がなく家が燃えていたら詰みだ。きっと思考回路も燃え尽きただろう。

「親代わりのジジイはどこにいるか分からねえし、仕方ねえと分家の親戚を訪ねたらこれだ」

「なんて言ったらいいかわからないですが……野菜を茹でた汁、食います?」

「食う。しかし、この季節に暖炉の前にいるのは辛いな」

 言葉にすることは気持ちの整理に繋がるらしい。ぼんやりと宙を見ていた目は、暖炉を真っ直ぐに見据えている。井戸で流したばかりの額には汗の粒が浮いていた。

「まあ、元気になったらリヴァイさんならなんとかなりそうな気がします」

「なるだろうな。あのときは気が動転していた」

「早く元気になってくださいね。行方不明の状態からなら社会復帰するのまだ楽そうですし」

 今ならまだ間に合うから、早く戻れ。言葉にはしなかったが、リヴァイには伝わったようだ。眉根をきゅっと寄せて唇をへの字に下げている。

「お前も一緒だ。連れて帰る」

「戸籍にも存在しないオレを? 酔狂すぎやしませんか?」

 同情しての行動なんてまっぴら御免だ。ぴしゃりと誘いを断ったエレンは、なんだかんだでこの生活を捨て去る気がないのかもしれない。