レジに行こうとするエレンを制して自分の財布を開く。
「半額、どうぞ」
「留学生は素直に奢られとけ」
「じゃあ、遠慮なく」
レジ袋に入れた酒瓶をエレンは物珍しそうにまじまじと見つけてから、ぎゅっと掴む。車までの短い距離だが歩調が楽しげだ。
「次はスーパーだな」
「プレッツェル食いたいです」
助手席で片手を上げる様子が浮かれており、もうすでに酔っ払っているようだ。そんなエレンを見て頬が緩む自分も、アルコールなしで酔っている。
「俺はピスタチオでも買うか」
「ピスタチオ、オレも食いてえなあ」
「はんぶんこな。プレッツェルも半分よこせ」
「さっきはシェアっつったのに! 酔ってます?」
笑いながら伸ばされた手が、ひたりとリヴァイの頬に触れる。運転中に触られることは苦手としていたはずだが、もっと触れてほしくて困る。ホッとするような、それでいてざわざわと心の奥底から波打つような不思議な感情に飲み込まれそうだ。
「酔ってるかもな」
体温を確認するようにひたひたと触る手が、ゆっくりと引っ込んでいく。
「オレも酔ってるかもしれねえ。最後の夜に、アンタみたいな人に出会えてよかったです」
「俺も、また月曜日から頑張れそうだ」
「いつ帰国するんですか?」
「来週末だ。今回ここまで来るのは異例だ、しばらくは海外出張もねえだろうな」
せめて、前の部署ならばヨーロッパ圏も幾度となく行っていた。今では国内ばかり移動している。これから二人で飲み明かそうっていうのに、別れを想像するたびに心が妙に沈み込む。
車内を沈黙が包み込む。エレンが少し身じろぐたびに気配を強く感じられて安心した。助手席に人を乗せるのはいつぶりだろうか。仕事にのめり込むあまりに、恋人を作ることすらも忘れていた。
しばらく車を走らせれば、あっという間にスーパーに到着した。
「ついたぞ」
「おお……広いですね」
「色々見ていきたいか?」
「いや、買いたくなっても困るんで目的のコーナーのみ行きましょう」
「それもそうだな」
二人連れ立って、まっすぐに店内を歩く。当初の予定通り、購入したものはピスタチオとプレッツェルだけだ。飛行機の中で食べようかななんて言いながら菓子類をしばらく見ていたが、結局我慢することにしたらしい。
「荷物増えるの好きじゃないんですよね。それでなくても、土産いっぱい買っちまったのに」
「親にでもねだられたか」
「よく分かりましたね! 特に母さんがすげえ張り切っちまって」
エレンと同じ顔の女が張り切ってあれこれ調べる姿が頭に浮かぶ。自分のところも、初めて海外に出張に行くと報告したときは土産を山のようにねだられたものだ。母親だけならまだしも、近所の伯父まで色々と頼み込んでくる始末だった。
「恋人にはおねだりされなかったのか?」
「いねえって分かってて言ってますよね」
「ああ、分かっていて言った」
なんとなくいないだろうと思っていたが、実際にいないと聞いて密かに安堵の息を吐き出した。心の中では感情の激しく波打ち続けている。
悔しいが認めてやる。自分は二度と会えない、それも随分と年の離れた同性に惚れてしまった。
「リヴァイさんもフリーっぽいですね。女の匂いが全然しねえし」
「まあな。女と付き合おうとか、しばらく考えたことがなかったな」
「モテそうなのに」
「モテねえよ」
実際にモテる男ならば、ここで気の利いた言葉の一つでも吐くのだろう。頭をどれだけ捻ろうが、自分には出てこないような台詞を。
「そういうのは、会話が上手いやつが持っていくんだ」
「オレは話しててすげえ楽しいのに。リヴァイさんの周りの女はコメディアンでも求めてるんですか」
「甘い言葉を垂れ流す二枚目を求めてるんだろうよ」
ビルのネオンが道の横にある広い湖をキラキラと輝かせている。地元よりも日の入りが遅いこの地も、さすがに夜十時となると真っ暗だ。
「リヴァイさんが甘い言葉を垂れ流したら、ころっと落ちるやつが大量発生しそうです」
「お前が甘い言葉を垂れ流したら、落ちる女が異常発生しそうだな」
「モテモテじゃないですか」
「だが女が求めるような甘ったるい言葉を吐けねえんだろ?」
「まず何が求められてるか分からねえ……」
真剣な顔で頭を抱える仕草に、肺の空気が勢いよく出ていった。
「笑いすぎです」
「お前が笑わせてくるんだろうが」
「笑い上戸ですか」
「全くの逆だ」
言葉だけでじゃれ合っていると、ついにホテルまで辿り着く。フロントでは大人しかったエレンは、エレベーターに乗り込むと途端に騒がしくなった。
「ずっと酒飲んでなかったから、久々です」
「我慢してたのか」
「勉強しに来てますからね。帰ったら復習しねえと」
「えらいな」
自分より高い位置にある頭を撫でると、急に静かになる。しおらしくも見える様子が愛らしくて、何度も頭頂部から後頭部を往復した。
「……オレも撫でたい」
「いいぞ」
ぼそっと言われて、頭を横に傾ける。恐る恐る伸ばされた手が、ゆっくりと髪を撫でつけた。
「気持ちいい……」
「それはこっちの台詞だな」
まるで野生動物を撫でるかのような手付きで黙々と撫でられていたら、エレベーターがチンと鳴った。ポケットから出した鍵をぎゅっと握りしめたエレンが、ぱっと前を向く。
「あとでまた撫でさせてくださいね!」
「好きなだけ撫でていい」
何がこんなに彼の心を掴んだのだろうか。首をかしげながら頷いた。
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